ここからが幸=ココサチ

育った環境より今を大事に

機能不全家族=離れる決心=原因

おはようございます 睦月です

あまり続けて母の事書くと疲れるかと思ったら
怒りのエネルギーなのか筆が良く進みます(* ´艸`)クスクス

こんな風に思えるのは本当に解放されたのだなと感じています

悩んで読んでいる皆さんにも一刻も早く
そんな日がきますように

本日もよろしくお願いします

前回の語りはこちら

an-kokosachi.hatenablog.com

毒親=代理ミュンヒハウゼン症候群=母③

母の新たな依存先は 政治活動 でした

もともと政治に関心はあり 選挙も毎回かかさず行っています

母のその姿勢は私も見習っていて 選挙には行っています 義務だし

 

ただその在り方 政治に関心を持つのはいいし選挙に行くのは義務だと思う
ですがその在り方がまずい
なにせ依存先にしてしまっていますので
信念などは二の次です
ただ依存先として有益であればよし

 

私が母の事を母として見なくなった最大の原因がここにあります
今まで育ててもらったすべての事が
母自身の為だったのだと(悪い意味で)思ったのです

 

ある政党を支持した母は議員の事務所にも通い
週1回の集まりにも足しげく通いました
当時は信念をもってやっているのだろうと感心していました

とある選挙の際 しぶしぶ選挙スタッフになりました
※依存先であればいいので 選挙スタッフまではやりたくはない

 

しかし徐々に熱を帯びていき 電話連絡を携帯電話からかける様になりました
当時母の携帯代を払っていた私はまあ目玉が飛び出るようでした(-_-;)
それを指摘すると逆ギレ

「選挙なんだから仕方ないでしょ!」

といって通話代☎2万円渡してきました

謝れない人なんです

 

そして近所の人たちへの布教活動も行いました
地域の集まりに自分の支持する政治家を読んで話をさせようとしたり
地域の人の反対でさすがに実現しませんでした

 

家電にはひっきりなしに選挙事務所からの電話が

それもそのはず母が携帯に出ないと
何故でないのか?”面倒だから”

依存先なだけで仕事がしたいわけではない
だから必要以上はやりたくない

 

ひと月ほどの事でした
この時は夜遅い時間にも母の携帯に電話があったりで
睡眠不足になり意識朦朧としていました
私の仕事は朝早く夜9時には寝たい
しかし母の下には22時くらいまで電話が
そこから1時間喋る

母は毎晩友人と電話で話していました
大体21時くらいまでなのですが 選挙の時は余計にひどかった

それが毎日続くと朝4時に起床して出勤する身としては寝不足に
HSPの性質もあって 夜中になっても目が冴えてしまい
電話がまた鳴るのではとドキドキしてまた眠れなくなる
この辺りは自分の性質の問題だから仕方ないと思っています

22時は非常識だろうと
うるさくない部屋まで移動すればいいものを
声量を落とせばいいものを

訴えに行くと

「あーほらほらうるさいのが来たから切るよ」

「大げさなのよね」「昔から音に敏感で」

「神経質なのよね」

 

私の心が晴れる事はどうしたってありません

 

そんな状況も選挙が終われば終わる

そう思っていました

 

 

 

思い出すだけで頭痛がしてきました
睡眠不足は私にとって死活問題なんですね
睡眠不足に至る経緯が心理的に攻撃を受けた時だから
そして回復する術だから

眠れない症状は精神を病ませます
そんな症状がある方は相談を
信頼できる人に出会えますように