ここからが幸=ココサチ

機能不全家族で育った私の回顧録~それから

父=介護=母=毒親

おはようございます 睦月です

父のことは後悔している事があります
当時の私に余裕はなかったけれど
もっと自分の手で世話できたのではないかと

どれだけやってもきっと遺るのでしょうね

前回のお話

 

機能不全家族=父=介護

全てを言い終えたあと
ずっと話を聞いていた母方の叔母が言いました

「むつきの言うとおりだね 誰も反論できないでしょ ププー(笑)」

と奔放な人そのままに空気を読まず発言してくれました( ´∀` )ウケル

 

まず今やるべき事は父の家を片付けること

虫が湧いて今にも崩れそうなゴミ屋敷を

人様に借りた家を ほおっておけません( ;∀;)

 

虫 カビ 腐敗 壁は崩れ 床は抜け
ホコリ 蜘蛛の巣

姉はちょくちょくかえってきてくれて
叔母も一緒に片付けてくれました
言い出しっぺの母はどうしてるかって?

 

片付けをしはじめて3日で腰を痛め
療養中
まだうちで介護すると決まっていないのに
友人にお願いして父の家の物をうちに運び入れ←この時点でひきとる気だった
その場所指示をしている最中に
雨の中 サンダルで外に出て
滑って転倒し救急搬送🚑
背骨折って入院

 

余計なことをして余計な手間を増やしてくれました

そして

「お父さん引き取って介護できるかな」

と。

最初からできないと言っていたのにな??
こっちもボケたのかと思いました

 

そんな時ケアワーカーさんからお電話
施設が見つかりました
父をそこに預けることに決めました

母の病院へはいきませんでした
姉が行ってくれました
それでもずっと行けるわけもなく
それでも私は行きませんでした
父の事もありましたから
母のところへ行ってもイラつくだけなのは目に見えていましたので
たまに行くと看護師さんたちに私の事を悪く吹聴しているのでしょう
私の態度に「ね?」「ほらね?」と (’Д` )ハァー ウザ

 

父は施設から病院へ通院する事に
施設のサービスで通院もありなのですが
💰がかかります
なので私が仕事を休み通院させる事に🚙
他にできる人はいないし お金もありませんので


週に1度は施設に顔を出し

通院日には休みを取って行き

父が食べたいものや飲みたいものを買って

体調を崩したりした時は早退して施設に行き

病院へ連れて行きました

 

検査で病院へ行くたび 尿を取りますが

看護師さんにお願いして協力してもらっていました

1人が立たせ 1人が尿を取らなければなりません

 

治療を行いましたが薬の効果が認められず

緩和病棟に移った時は

毎日病院へ行きました

 

その感 母が一緒に行く事はなかった

兄と姉が帰ってきたときだけでした

 

10か月ほどそんな生活を送ったでしょうか

看護師さんがそろそろだと電話をくれました

先に母が友人と共に訪れていましたが

ご友人を送って行くために(母も友人も車を持たない)

一旦病院をあとにしましたが

その間に父は亡くなりました

最後を看取ったのは母でした

涙ながらに電話してきた母の声に

自分の体温が下がっていったのを覚えています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは犬用に使用していたのですが
犬の粗相の臭いも消してくれるので重宝していました
肌についても傷んだりしないので使いやすかったです

もちろん人間が汚した後にも効果ありますよ~