ここからが幸=ココサチ

機能不全家族で育った私の回顧録~それから

毒親と思うところ③

おはようございます 睦月です

秋が深まってきましたなと思ったら もう冬?

とうとう雪予報が九州にも出る季節です

まだ紅葉の季節だと思っていたのに あっという間ですね

 

それでは今日もよろしくお願いします

前回の語りはこちら

an-kokosachi.hatenablog.com

本物の毒親

食中毒になった時 私が体調を崩した時
母は世話をやく相手ができてうれしくて
祖母は天罰だとうれしく言う人で

父は病院へ送り迎えしてくれて
アクエリやらなんやら買ってくれて
その後母に「そんなもの私が買うのに」と言われて
まったく休まらない家

自分に何かあればよくない事しか起きない

だから私は黙る

 

食中毒は別ですが(人災)精神面の原因で体を壊し続けました
摂食障害 睡眠障害
頭痛 吐き気 眩暈 

回復してはの繰り返し

精神を削られ体調を崩し学校を休みがちになり
不登校になり 再登校し また不登校
そんな生活が3年程続きました

 

そして母に言われました

「産まなければ良かった」

 

 

何かストンと落ちるものがありました

母に”愛する子供”と思われている気がしなかったから

自分の為に存在する子供”でしかなかったから

自分に負担になる子供になったから面倒になったんだなと

その言葉に”納得”しました

 

それから完全に壊れてしまった

自殺を考えるようになり 未遂を繰り返しました