ここからが幸=ココサチ

機能不全家族で育った私の回顧録~それから

毒親で育ったら

こんにちは 睦月です

急いでブログを打とうとしています

それほど長く続けられない

やめたいという気持ちが強くなってきました

それでも書き終われば 気持ちの整理ができるはず

 

落ち着けば見直して 書き直す事もあるかもしれません

宜しくお願いします

an-kokosachi.hatenablog.com

 

毒親で育った私 死のうと生きる

もともとHSPとして産まれていなければ
こんな家族でも 当たり前と思って生活できていたかもしれません

しかしそんな事は 今更いってもどうしようもない事

私はこの家に産まれた

私は家族から首にロープをかけられた
家とつながるロープ
そんな姿を想像してしまうと
より一層 家から離れなければと感じました

 

そしてまた首がしまる その繰り返し

 

最初に自殺をはかったのは高校1年の時
宅配便が届き 我にかえりました

その後は覚えていません

ある時 察した母が 「ほんと何で産んだんだろう」 と言ったのは何度目だったか

私が死んでいないことを確認して鼻で笑ったのは何度目だったか

 

死のうとは思いません

ただ終わらせたいと思います

この感情は今も持ち続けています

ふとした瞬間 終わりたいな いつまで続くんだろう

いつまで生きなければいけないのだろう

 

死ぬくらいならどんな格好でも生きればいいのでは?

→生きるのって大変 疲れる 終わらないかな?

→終わらせるのってどうやるんだろう 考えるの面倒だな

→・・・

 

淡々とこう考える日があります

 

そのループを一旦終わらせてくれたものが

子供です

相手とは結婚することはできませんでした(婚約者がいました)
遊ばれていました おバカな若気の至りです

産むことを決めた後 家族は子供を可愛がってくれました
機能不全家族が機能していました
母が私の子供に依存するまでは

結局はもとに戻りました

家族からすると私をしばりつける材料ができたと思ったかもしれません

 

ただ私は変わりました

強くなる 子供を守ると決めました

私と同じ思いはさせない

 

子供の為に起き 仕事して 食事 睡眠をとって 当たり前に生きました

 

今でもあの時子供を産んでいなかったら
あの時子を授かっていなかったら
私は何のために 食べなければいけないのか わからなかったと思います

 

そんな考え方をしていたでしょう
今もそれは変わらずです

 

だから子供が独り立ちした時 ちょっと怖いです

でもきっと大丈夫

そう思えるのはSNSの存在があるからだと思います

 

私がブログをはじめようと思ったきっかけはそこにあります
SNSで ”毒親” という言葉を知ったから
これは異常なことで ”逃げていい” と知ったから

これまで罪悪感をもって”逃げてはいけないのに逃げなくちゃ”と思っていた

 

これまでの記事に 毒親 依存 などの言葉が出てきますが

当時の私はそんなことは考えておらず

私の親はこういうもの

としか思えませんでした

みんな一度は親をうっとうしがるものでしょう?

それと同じだと思っていたのです

 

どうやって強くなるか

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強くなるため生きていくために”めんどう”を少しでも解消しておきましょう

知識は邪魔になりません!